地域包括ケアシステム

 現在、政府は「地域包括ケアシステム」を進めようとしている。「地域包括ケアシステム」とは、高齢者などが重度の要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援のサービスを一体的に提供する枠組みを構築しようというものである。

 しかしながら、この試みには3つの問題が存在する。第1は、財政問題である。周知の通り、少子高齢化の急速な進展に伴い、社会保障費は膨張し、日本の財政赤字は拡大する傾向にある。ここ数年、社会保障給付費(年金・医療・介護)は毎年平均約3兆円の勢いで増加している。団塊の世代がすべて75歳以上となる2025年に向けて、社会保障費増の圧力がより強まることは明らかである。

 第2は、都市部に住む高齢者が急増している問題である。「急増する都市部高齢者の介護ニーズにどう対処するか」で説明したように、2000年時には900万人に過ぎなかった後期高齢者(75歳以上)が2025年には2000万人に達する。それにつれて、医療・介護ニーズが急増する。この際、後期高齢者の増加数が著しいのは都市部である。例えば、東京都において、2005年時には100万人に過ぎなかった後期高齢者は2025年には約2倍の200万人超に達する。首都圏の神奈川県・埼玉県・千葉県も同様、大阪府や愛知県も似たような状況だ。特別養護老人ホームなどの待機待ちが都市部で急増する。

図表1:人口が半分以下となる地点数
 
(出所)国土交通省(2014)「国土のグランドデザイン2050~対流促進型国土の形成~」

 第3は、自治体が消滅の危機に直面している問題である。国土交通省が今年7月に公表した「国土のグランドデザイン2050〜対流促進型国土の形成〜」は、2050年の人口が2010年と比較して半分以下となる地点(全国を「1km2毎の地点」で見る)が、現在の居住地域の6割以上を占めることを明らかした。そして、図表1の通り、人口が半分以下となる6割以上の地点のうち約2割が誰も住んでいない状態になることを予測している。

 また、「市区町村の人口規模別」に見ると、人口規模が小さい地域ほど人口減少率が高い。現在の人口が1万人未満の市区町村は人口が約半分に減少し、自治体の財政基盤が危機に直面する。

                                           (出典:日経ビジネス)

コンパクトシティの促進は老人福祉費を減らす可能性あり

このような問題を解決する政策は、「地域包括ケアシステム」と、人口集約を図る「コンパクトシティ」との融合、すなわち、「地域包括ケア・コンパクトシティ」しかない。効率的かつ効果的な医療・介護などのサービスを、「コンパクトシティ」という集約的で質の高い住まいや、地域の空間の中で提供する。この「地域包括ケア・コンパクトシティ」構想は、「年金給付1%削減で特養入所待ちは解決できる」の回で説明したものだ。

 「地域包括ケア・コンパクトシティ」における介護関係のコストについて、以下で簡単に紹介しておきたい。まず、介護関係のコストとして介護給付費が存在する。人口集約を進めた場合、1人当たり介護給付費がどのような影響を受けるかを把握するため、市町村における65歳以上人口密度と、認定者1人当たり介護給付費の関係を見てみよう。「平成24年度 介護給付費実態調査」及び「平成22年 国勢調査(都道府県・市区町村別統計表)」のデータから、縦軸に「認定者1人当たり介護給付費の対数」を、横軸に「65歳以上人口密度の対数」を取り、それらの関係をプロットしたものが図表2である。

図表2:65歳上人口密度と1人当たり介護給付費との関係
 
出所)「平成24年度 介護給付費実態調査」及び「平成22年 国勢調査(都道府県・市区町村別統計表)」から作成

 回帰直線は水平であり、65歳以上人口密度と1人当たり介護給付費の相関は極めて低いことが読み取れる。この事実は、「65歳以上人口密度が高まっても、1人当たり介護給付費が膨張するとは限らない」という可能性を示唆する。

 次に、介護関係のコストとして、介護給付費以外のコストを考えてみよう。これらのコストには、老人ホームなど老人福祉施設にかかる経費などが存在する。老人ホームなど老人福祉施設にかかる経費などは、市町村の老人福祉費に含まれる。

 市町村における人口密度と1人当たり老人福祉費の関係を見てみよう。「平成24年度 老人福祉費」及び「平成22年 国勢調査(都道府県・市区町村別統計表)」のデータから、縦軸に「1人当たり老人福祉費の対数」、横軸に「人口密度の対数」を取り、それらの関係をプロットしたものが図表3である。

図表3:人口密度と1人当たり老人福祉費の関係
 
出所)「平成24年度 老人福祉費」及び「平成22年 国勢調査(都道府県・市区町村別統計表)」から作成

 回帰曲線は右下がりである。人口密度と1人当たり老人福祉費は一定の相関を持つことが読み取れる。この事実は「人口密度が高いほど、1人当たり老人福祉費は低下傾向」となる可能性を示唆する。

 以上の2つの傾向が妥当な場合、「地域包括ケア・コンパクトシティ」の推進は、1人当たり介護給付費を膨張させることなく、それ以外のコストを低下させる可能性を持つことが分かる。

2200億円の老人福祉費が節減可能

 では、「地域包括ケア・コンパクトシティ」の推進は、財政をどのくらい効率化する可能性があるだろうか。

 図表3において、人口密度の対数が6未満で、回帰曲線を上回る市町村の1人当たり老人福祉費(図表3において赤線で囲んだ範囲)が、人口集約化を進めることで、人口密度の対数が6の値(黄色のプロット点)まで低下させることができた場合を考えてみよう。

 人口密度の対数が6未満とは、人口密度が403.4人/km2未満の市町村に等しい。具体的には、長野市(457人/km2)がこれに近い。人口密度のイメージをつかんでもらうために他の都市の人口密度をいくつか列挙すると、東京都の港区(1万0085.1)、 国立市(9265)、多摩市(7004.2)、 千葉市(3534.8)、北海道旭川市(531.6)、鳥取市(257.9)という具合である。

 このような前提の下、人口を集約化する政策を実行し、図表3の赤線範囲の1人当たり老人福祉費を、人口密度が403.4人/km2の値(黄色のプロット点)まで低下させることができた場合、粗々の試算では、総額約2200億円の老人福祉費が節減可能であることが分かった。

 「年金給付1%削減で特養入所待ちは解決できる」の回では、「地域包括ケア・コンパクトシティ」を推進するための財源として年金給付を1%削減(=約5000億円)するケースを想定した。「地域包括ケア・コンパクトシティ」を推進することで、その半分に近い約2200億円の財源を節減できる可能性がある。

                                          (出典:日経ビジネス)

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